ホーム > 基本姿勢と経営理念 > コラム「異見と意見」コラム一覧 > アメリカ体験旅行制度の維持発展の為に

コラム「異見と意見」

アメリカ体験旅行制度の維持発展の為に

 当社が恒例の社員アメリカ体験旅行を開始して今年で既に16年になる。この制度は毎年2回、一回あたり3~4名の社員を一つの単位として、アメリカ国内を最低2箇所、通常は3箇所を12~3日間かけて、仕事に無関係の異文化体験旅行をすると云うものである。その目的は、売上高や企業規模の追求ではなく社員育てを最重要方針とする当社が、国際化社会の中で異文化に接しても違和感を感じないような社員育ての一環として、社員の自己成長を会社として支援しようと云うものである。当社がこの制度を始めた発端は、私がまだ若かった頃の初のアメリカ出張体験にある。

 

 私は以前勤めていた会社の海外出張で、30歳の時、初めてアメリカに行った。その時、飛行機で太平洋を横断するのに9時間程度かかるのに、アメリカ大陸を横断するのに5時間を要し、ボストンは大雪というのにフロリダでは屋外プールで泳いでいる人が居る、そのアメリカの巨大さに驚き、かつてこの国と日本が戦争をしたことを思い起こし、無知の恐ろしさを感じたものである。その経験から、社員達には出来る限り若い内に異文化体験をさせてあげたいと考えた次第である。

 

 世界第2の経済大国日本。今や誰でもが海外旅行できる時代で、あのバブル経済崩壊以降の大不況と云われた時期でも、毎年1,600万人もの日本人が海外旅行をしていた。しかしながら、その多くの場合は団体旅行で、旅行社が企画した日本人にとっての有名観光地めぐりをして、帰国後は誰もが知っている観光地に行った事を自慢するだけと云う場合が多いように感じられる。私はせっかく海外旅行するのだったら、単に有名観光地を訪ね、その事を自慢すると云うのではなく、日本の外、異文化の世界を知ると同時に、その視点で自国を振り返り、世界の中での自国の特長や位置づけを再認識し、より深く知る機会にしたら良いと考えている。そこで当社の体験旅行では、一般の旅行社が企画する団体旅行とは違って、独自の知識、経験、そして判断により手作りした旅行計画に基づき、できる限り有りのままの異文化社会体験、アメリカ体験をするように努めている。そのため目的地では常にレンタカーで行動し、日常生活の場を含む街に溶け込むことにしている。

 

 その典型的な旅行コースは、第1の訪問地として、あの世界の先端技術、先端ビジネスが次々に生まれては消えて行くシリコンバレーを走り回り、ついでにカリフォルニアワインの里ソノマ/ナパバレー、リゾート地モントレー/カーメルを訪ね、第2の訪問地としては、私が州政府駐日代表を務め、テレビドラマ「大草原の小さな家」や1万個の湖を持つ州と云うニックネームで知られるミネソタ州ミネアポリス/セントポールを訪ね、知人宅にホームスティして、庭でのバーベキューや広大な敷地の芝刈り体験をしたり、時にはロータリクラブの昼食会に招待されたり、市議会を訪問したり、また五大湖の一つスペリオル湖までドライブすることもある。

 

 第3の訪問地は社員の希望によって決めるが、過去には有森裕子や高橋尚子が高地訓練をしたコロラド州ボルダーから標高4,000m級の山々が連なるロッキー山脈国立公園に入っての高地ドライブ、カジノで有名な砂漠の中の巨大人工都市ラスベガス、地球の腹底グランドキャニオン、アメリカ最初の自然公園である巨大なヨセミテ国立公園、ハリウッド・ビバリーヒルズやサンタモニカ海岸、時にはラスベガスからロサンゼルスまで1日掛かりの砂漠のドライブ、あるいは2日間かけてサンフランシスコからロサンゼルスまでの雄大な太平洋岸ドライブなど、いろいろな組み合わせがある。レンタカー行動の為、足の向くまま、気の向くままに、一般の団体旅行では行けない所、出来ない事を体験し、一回あたり平均して2,000kmも走り回っている。

 

 しかしながら、この旅行のガイドもレンタカー運転も私の役目。12日間の日程を有効に利用したい為、時差ぼけで猛烈な睡魔に襲われ、油断すると気付かない内に眠ってしまう到着初日からのレンタカー運転は、大変な重労働。まだ私が若かった体験旅行制度開始当時から16年経ち、今では、そのような強行軍には耐えられなくなりつつある。それでもこの体験旅行制度は今後も是非継続した方が良いと思う。そこで新しい経営陣に昨年来提案しているのは、当社操業開始25周年記念行事の一環として、ミネソタ州に研修宿泊施設を購入してはどうかと云うものである。

 

 当社は、高齢化して荒廃が進む地方の再活性化を支援する社会貢献の一案として、地方出身者を積極的に採用し、彼らを自立できる一人前の技術者に育てた暁には、自由意志により故郷に帰し、インターネットで繋がってこれまで通りの業務を続け、一方でIT化支援を通じて地方の活性化を図りながら年老いた親達の生活を支え、地方にも若者が住むことで地方の伝統文化を支えることが出来るような会社への変身を目論んでいる。その発想を延長すれば、ビザ無しで滞在できる3ヶ月間を生かして、希望する社員はいつでもミネソタに渡り、研修宿泊施設からインターネットで日本と繋がって日常業務を遂行すればよい。その場合、最初の社員グループを私が引率しスタートさせれば、続くグループの社員は最初の社員が3ヶ月間の経験を生かして、受け入れから初期指導をすればよいと考えている。当社は、インターネットの活用を業務の一部とする会社である。率先してこのような夢を現実のものにしたいものである。

 

(H19.7.9 記)