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コラム「異見と意見」

一年の計は元旦に有り

2012年を送り2013年を迎えた。皆さんは、日本に昔からある言葉「一年の計は元旦に有り」を知っているだろうか?個性が強調される時代。人によってその解釈が違っても良いが、基本は「一年の初め元旦は、今始まる一年を有意義に過ごすために、過去一年を振り返り、この一年をどのように過ごすのか、目標・課題を設定し意欲を持ってスタートすべき大事な日だ」と解釈したい。これは経営学の中で言うPDCAと同じ発想であるが、そのような学問が日本に入って来る以前から私達日本人、それも特定の人ではなく一般庶民が、日常生活の中にこのような考えを取り入れて来たと言う点で、日本人はすばらしい国民だと思う。(NCKが創業間もなくから始めた月報制度の主たる目的も、この発想に基づいている。)それにも拘らず、最近では日々“なんとなく”生きる人が多くなり、このような言葉を知っていたとしても、その意味を考え、理解して、意義を感じ、実行している人は少ないのではないかと思う。

人間の一生の時間には限りがある。その限られた人生の時間をただなんとなく、その時々の思い付きで過ごすのではなく、あるいは食い散らかしのように消耗するのではなく、これまで生きて来た時間を振り返り、そこに何かを感じ、何かを学び、それを反映させた新たな目標を定め、それに向かって今日これからを生きて行くことが大切だと思う。この場合、自分の経験、自分の生きた道だけを振り返っても、そこで得られることには限界がある。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉があるが、自分の経験だけでなく、可能な限り多くの人達、先輩達が生きて来た道、つまり社会や歴史に学び、これからの行動に反映させることが大切だと思う。

昨年までを振り返って見た時、「失われた20年」という言葉が有るように、バブル経済崩壊以来の日本は、経済だけでなく、国民の意識や行動も長期にわたって低迷、混迷し、昨年はその迷走が頂点に達したと言えそうだ。数年前、国民の気持は大きく揺れ、政治の世界に劇的な変化を引き起こし、閉塞感や混迷からの脱却を期待した。しかし結果は混迷を深めただけであったように思う。それに対し国民は、過去の自らの行動を振り返るのではなく、皆自分は賢者であったと言わんばかりに他者批判に明け暮れ、犯人探しに走り、目先の結果に一喜一憂し、落胆、失望し、政治不信、社会不信に陥り、社会の至る所、至る分野で、不平、不満の声やデモが溢れた。そして年末の総選挙では投票率は低迷し、政治の世界に再び劇的な変化を引き起こした。その背景に感じられるのは、自分達はどのように考え、どのように行動するのかと言う自分自身の主張や覚悟が有る訳ではなく、「誰をも信じない」「誰にも期待できない」と言う一方で、ただ「誰かこの状態を良くしてくれ!」と言わんばかりの、無責任な他者依存心の存在である。そこには私達自身のこれまでの行動を反省する様子も、歴史に学ぼうとする姿勢も感じられない。考えも覚悟もなく、有ったとしても勇気を持ってそれを表明することなしに、誰かが自分の思いを汲んで自分の期待に応えてくれるなどということは有り得ない。

私は以前から「政治も教育も、民度以上には良くならない」と主張して来た。混迷を続けるこの日本社会の現状は、そのまま国民自身の混迷を反映していると言えよう。過去に社内報「竹の子」の記事で書いたことがあるが、私は「その明確な意識の有無に関わらず、人は誰でも幸せを求めて生きている」と考えている。ところが「何が自分にとって幸せなのか」を考えている人は少なく、多くの人はただ漠然と「日々を過ごしている中で、自然に、あるいは誰かが自分にとって幸せな環境を作り、幸せを運んで来てくれる」と思い込んでいるのではないだろうか?そんなお目出度い“誰か”がこの世界に居る訳がない。幸せな環境、自分の幸せは、一人一人が自分も参画して知恵を出し合い、力を合わせて行動し、自分の努力で築いて行くしかない。その為に大切なことは、社会の一員としての自分の位置づけを認識し、理解し、自立に向かって自己成長を図ることから始めなければならない。その自己成長のためには、貴重な人生の時間を、ただなんとなく、ただ食い散らかすように生き、消耗するのではなく、目先の状況や結果に一喜一憂するのでもなく、これまでを振り返り、歴史に学び、その学びを元に明日からの目標を設定し、それに向かって積極果敢に行動することが大切ではないだろうか?

「一年の計は元旦に有り」。毎日就寝前にその日一日を振り返り、毎週末にその一週間を振り返り、あるいは毎月末にその一ヶ月を振り返り、それが出来ないなら、せめて一年に一回位は行く年、今送ろうとしている一年を振り返り、元旦には一年の計を持って、新しい年を意欲的にスタートしたいものだ。

個人だけでなく集団としての企業でも同様である。毎日のグループ朝礼、週始めの全体朝礼、また期末期首、年末年始、年度末・年度始めなどのキッカケを逃さず、振り返りと明日への方向付け、目標の設定と共有を図る努力をしよう。当社が昨年始めた全社員総会もその一つだ。

(H25.1.7 記)