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コラム「異見と意見」

激変する世界秩序、今までの延長ではない社会を生きる

 今年は記録的猛暑が続き、各地で集中豪雨被害が多発した。最近は毎年「今年は異常気象」という声が聞かれるが、異常なのは季節だけではない。今世界秩序にも激変が起こりつつあり、政治はもとよりビジネス社会や日常生活にも大きな転換を求めている。しかしながら日本の政治も国民もその動きに極めて鈍感で、今の秩序・環境が今後も維持延長されると誤解したような、のんきな日常を送っている様に感じられる。大変なショックを与えたあの尖閣諸島問題も、何事も他人任せ、甘い認識、事なかれ主義で問題を先送りする日本人の日常行動に起因していると言える。ビジネス社会では、技術進歩とグローバル化、さらには円高問題などで世界規模での生産基地流動化、雇用環境変化が生じ、新規大学卒業者が就職超氷河期と言ってその就職に悪戦苦闘している時、この環境変化に敏感に反応して自己研鑽を通じた自己防衛を図るべき既存社員達は、現状に甘んじて相変らず指示待ち、使われ人間を続けている。そこで今回は、この激変する世界秩序と国際環境をどう理解・認識し、それに備えるべきかを考えるヒントとして、キーとなりそうな事項に触れてみたい。

 

 冷戦時、東西バランスの上に保たれて居た世界秩序は、最近では、冷戦終了と同時に経済軍事両面で圧倒的な力を備えた唯一の超大国アメリカの主導で保たれてきたと言える。しかしそのアメリカも、独断独善的行動と貪欲なアメリカ型金融資本主義暴走の結果、安全面ではテロ事件続発、経済面では金融破たんの続発という世界的大混乱を増幅させ、その結果アメリカのみならず、これまで世界秩序に大きく関わって来た既存先進諸国の弱体化も招き、その影響力が著しく低下して来た。それに代わって政治経済的世界秩序への影響力を増して来たのが、長い間後進国に位置付けられて来た中国をはじめとする新興諸国である。これら新興諸国は、先進諸国のあくなき経済的欲望を逆手にその資本や技術を取り込み、先進諸国の経済低迷を尻目に急速な経済発展を続けている。中でも世界一の人口大国中国の経済は、安価で豊富な労働力と巨大な購買力を背景に驚異的な発展を遂げ、経済力とそれを元に強化近代化した軍事力を背景に、今や中国抜きには世界秩序を語れないほどの影響力を持って来た。その中国は、あの尖閣諸島問題で世界が知ることとなったように、これまで世界秩序をリードして来た欧米諸国や日本とは、その価値観に大きな違いが有る。このまま従来の先進国に代わって、中国を中心にした新興国の影響力が拡大すれば、政治経済面での世界秩序はこれまでとは激変するだけでなく混乱さえ予想される状態にある。

 

 一方で、あの大戦敗北以降、日米安全保障条約の下で国家の安全をアメリカに全面依存し、それで得た安心安全社会の恩恵を一方的に享受して、国家の努力を自国の経済発展にのみ集中、猛進して来た日本は、敗戦からわずか23年間で世界第2の経済大国となり、以降40年以上にわたってその位置を維持、発展し続けて来た。その結果、私達は平和も豊かな社会もそこにあるのが当たり前と錯覚し、自らその環境の維持発展に努めることを忘れてしまった。さらに敗戦の反動として言葉だけの平和主義者に転じ、平和憲法を盾にたとえ他国で理不尽な争いがあったとしても、傍観者のように自ら積極的に重要な決断や行動を行う事は無く、他国の顔色を見ながら国連の場に決断を委ね、それで安心安全が守られると錯覚して来た。つまり世界第2の経済大国にふさわしい積極的な活動もリーダーシップもとって来なかった。さらに日本人には、自国の認識する正義や理想が国際社会でも通用するという甘い認識がある。しかしそれは誤解である。文化も価値観も違う国家間での正義や理想の認識など同床異夢であると言える。極端に言えば国際政治の中での正義は、経済力と軍事力を背景にした自国利益に基づいていると言っても過言ではない。その中で日本人は、自国の価値観が世界にそのまま通用すると誤解、つまり未だ天動説社会に生きているかのような極めて貧弱な国際感覚といえる。その根源的な原因は、世界や社会での自立心の欠如にあると言える。

 

 現実の国際社会での自立は、強い経済力と軍事力に依存するところが大きいとはいえこれが全てではない。自立の原点は、Give & Take、つまり一方的に他国に依存するだけでなく、他国にとって価値ある、必要とされる存在になることである。その輪を広げることが結果として自己防衛になる。しかし他国が築いてくれた環境の恩恵を一方的に享受し、自己利益、自己保身にのみ囚われ、問題から逃避している限り、自国の安全安心が得られる保証は無い。常に自らを鍛え、時には自ら犠牲を払ってでも勇気を持って他国が期待する価値ある行動を取れる力をつけることが大切である。この為に世界の中の国家も、社会や企業の一員としての個人も、その置かれている環境と立場、その動向には常に関心を持ち、どのような変化にも適時適切に対処できるように常に、自己研鑽に努め備えることが大切である。自己研鑽のない現状維持、停滞、環境への無関心は、自分の居場所を失うことにもなり兼ねない。

 

(H22.10.26 記)