コラム「異見と意見」

私とミネソタ

 私は、ミネソタ州政府の要請を受けて、来る2003年1月1日からミネソタ州政府貿易局日本事務所の代表を務めることになった。州政府の駐日大使のような位置付けで、ミネソタ州と日本の間のビジネスと人の交流を促進、発展させる事を目的に、州政府を支援する事が主な任務である。既に大森本社内の一角に駐日事務所が開設されている。

 日本人にとってアメリカは最もポピュラーな外国といえよう。しかしながら、当社恒例のアメリカ体験旅行の一環でミネソタを訪問し、その体験者が全社員の40%を越える当社社員は別として、一般にはミネソタ州を知る日本人は少ない。そこで、先ずはミネソタ州の概要を紹介しよう。

 人口492万人、州都セントポール市、有名な5大湖の一つスペリオル湖の西側に位置し、州北端はカナダと国境を接し、ミシシッピ川はここから始まる。州のニックネームが 10,000 Lakes States といわれる程、至る所に大小の湖がある。山はなくどちらの方向を向いても地平線が見える森と湖、緑のきれいな州である。

 TVで有名な「大草原の小さな家」に出て来る Walnuts Grove は、州の南西にある小さな町で、今も記念館がある。ドーム球場として東京ドームの先輩に当るメトロドームは、今年大活躍の大リーグ Minnesota Twins のホームグランド。州の主要都市ミネアポリス市(人口38万人)とセントポール市(人口29万人)とが双子のように隣り合い Twin Cities と称される事がチーム名の由来である。アメリカ一番の規模を誇る大ショッピングセンター Mall of America は、今やディズニーランドを上回るアメリカ一の人気スポットであるという。

 北欧系の人が中心となったこの州は、まじめで勤勉な人が多く、教育レベルも高い。古くはハンフリー、近くはモンデール(元駐日大使)という二人の副大統領を生み、クラシック音楽ではミネソタオーケストラ、人気ミュージシャンではボブ・ディラン、プリンスなどを生み出している。碁盤目状に行き交う街路と良く手入れされた街路樹、あざやかな緑で目も覚めるばかりの芝生、林の中の別荘地のような街並みは、まるで絵ハガキを見るようである。

 私とミネソタとの出会いは古く、1979年にさかのぼる。全く英語を話せず、読む事さえ殆ど出来ない状態で、$3,000の現金と航空券のみを持って子会社設立のため単身渡米。日本人が少なく、日本や日本人への先入観のない州という事で、渡米2週間前に決まった目的地ミネソタ州。サンフランシスコで乗り継いだミネソタ行きの飛行機の中には、東洋人らしい人は1人も見かけない。到着初日のホテル予約さえしていない中でのスタート。

 1ヶ月後、やっとアパート住いを始めたらすぐに会社設立、そして営業活動。言葉が話せない上に、日本でも経験したことのない任務。悪戦苦闘の2年間を過ごし、多少慣れてきた時、次は工場建設。これも初体験。顧客開拓、商品開発と休む間も無い通算6年間を家族と共に過ごした。この時設立した会社は今も地域の優良会社として100人以上のアメリカ人を雇って活躍している。

 そんな経験が、ミネソタ州にとって初の日系製造会社を設立した日本人としての名誉の源となり、信頼を得、多くの知人友人そして親友を生み、20年以上経った今も、毎年社員と共に訪れ、個人の家庭や市、州の役所に招かれ、社員にとっては、一般の旅行では味わえない体験旅行をすることに役立っている。

 こうして見るアメリカは、私達が日本に居て知っているつもりのアメリカとは大分違う。アメリカは高層ビルの建ち並ぶ近代的大都会の国、銃による犯罪の多い危険な国というイメージがある。しかし実際に見て感じるアメリカは、ニュースや雑誌の記事で知るアメリカとは大幅に違う素顔を持ち、原野、荒野、森林という大自然が全土を被い、その中を突っ切ってどこまでも伸びる道路の節々に街がある。

 接する人々は明るくおおらかで親切である。人間はどこの国の人でも皆同じで、安全で健康的な生活を望み、決して争いを好まず、親切でもあるということを感じさせてくれる。ニュースや記事は、ニュースバリューのある事、つまり普通でない事を伝えるのが基本であるから、こういう手段だけで相手を知る事は誤解の元であるといえる。こういう誤解が人々の不信を生み、憎しみの源となる可能性は高い。先入観を持たず、伝聞だけに頼らず、可能な限り自分自身で見聞した情報で判断し、行動したいものだと思う。異文化に対しても勇気を持って接し、交流を深め相互理解を計る事が大切だと思う。

 そういう認識の下、来年1月からは州政府駐日代表として、この2つの文化の交流に尽力したいと思う。

(H14.10.16 記)