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コラム「異見と意見」

終戦記念日に当って想うこと
(戦後61年、日本そして日本人の忘れ物)

 今年もまた暑い夏の日が来た。この豊かで平和な社会の中で61年もの間、何事も無く、平穏に生きて来た今になっても、この暑さと共にあの原子爆弾被爆で終戦を迎えた時のことを思い出す。そして戦後のあの貧しかった時代と、この有り余る豊かな時代とを対比した時、日本人にとってどちらが本当に幸せなのだろうかと疑問に思うこの頃である。

 

 あの戦争で日本は、アジアを中心とした多くの国々に多大な犠牲と苦痛を与え、一方で日本国民も、兵士や非戦闘員(市民)合わせて総数300万人前後もの人命を失った。この中で戦争に駆り出されたはずの日本人将兵の多くが、敵兵との戦いではなく、ずさんな作戦計画による補給の途絶えなどで餓死し、あるいは前近代的な戦争指揮により玉砕したと云われている。しかも戦死した将兵の内115万人もの遺骨は、今もなお遠く離れた戦地に放置されたままになっている。靖国神社参拝と云うパフォーマンスだけで済まされるものではない。そのような犠牲の下に現在の豊かな日本社会がある。

 

 戦争を知らない国民が人口の80%にも達した最近では、あの戦争への関心も記憶も薄れ、戦後の歴史に対してさえも無関心で、この有り余る物質的豊かさにも拘らず更なる自己満足を追求し、あるいは不平不満の種を見つけながら、せっかく与えられた自分の人生の時間を、ただ消耗するように生きていると云える人も多い。中には生きる意欲も無く、インターネットで仲間を集めて集団自殺する人も居て、年間自殺者が毎年3万人以上も居るというこの頃である。

 

 しかも戦後61年経った今もなお、あの戦争の傷跡が日本のアジア外交に大きく影を落とし、一方で私達の日常生活の中では家庭崩壊、人間不信、自己中心行動の常態化と社会規範消失、人命軽視、教育現場の荒廃、手段を選ばない金銭至上主義の横行、企業不祥事の続発など、過去には想像も出来なかったような事件が毎日のように起っている。そのような最近の日本社会の実態から、私達は戦後復興、経済的豊かさ追求の過程で多くのものを忘れ、大切なものを失ってしまったのではないかと思う。

 

 忘れ物の第一は、あの戦争について国家として国民としてのけじめ、日本人自身による総括とその結果の共有が出来ていないと思えることである。何か事があると政治家が謝罪するものの、それが国民共通のものとして広く認識され、世代を超えて引き継がれ、行動や形に現れている訳ではない。戦争はその理由の如何を問わず常に悪であるという認識で言うなら、あの無謀な戦争の歴史的評価、戦争責任の所在、日本国民としての責任などを、国家として総括し、その結果を国民が共有すると共に、国際社会にも知らしめる必要があったと思う。

 

 一方であの戦争の反省に基づき、日本は世界に先立って国際紛争の解決に武力を用いない事を宣言し、戦後61年間、一貫して武器輸出を禁止し、国家の努力を経済復興に集中し、その成果を以ってアジア諸国を中心とした発展途上国の経済復興支援を行うと云う平和主義に徹して来た事は、世界に誇っても良い事である。しかしながらこの誇るべき平和的国際貢献努力とその成果を、国際社会はもとより自国民にすら積極的かつ適切に周知徹底して来なかった事も、戦後の忘れ物の一つである。このような忘れ物が戦後61年も経った今なお、新しい日本が一部のアジア諸国に理解されず、時にはそのような国の国内政治へ悪用される原因の一つになっていると言えるのは、残念なことだと思う。靖国問題を含む戦争総括問題は、他国に指摘される以前に私達日本人自身の問題である。

 

 さらに日本と日本人が戦後復興過程で忘れて来た他の大きなものは、日本の文化と日本人の心であると思う。私達日本人は、伝統的な日本の文化と日本人の心を取り戻さなければならない。それが日本の復活だ。私は一昨年、ミネソタの日米協会や南米コロンビアの大学での講演で、「日本は戦後復興の中で、経済的、 物質的豊かさと引換えに、日本の文化も日本人の心も失ってしまった。これが日本の経済発展過程を振り返った時、私が気付いた重要な反省点」と紹介した。この考えは以前からの私の主張で、例えば2000年3月発行の経済誌「財界」の「21世紀に挑戦する経営者」取材で、「先ずは戦後の荒廃から立ち直ると云う共通目標の為、私達は大切な日本人としての心を一時的に脇に置いて、一億総企業戦士となって働き続けた結果、既に十分な物質的、金銭的豊かさを手に入れた。それにも拘わらず、あの時一時的に脇に置いて来た日本人の心を思い出そうとしないばかりか、未だに自己中心的で無責任な物質的豊かさの追求に走り続け、一方では無気力で自己主張のない日本人に成り果ててしまった。社会は民度以上には良くならない。市民から選ばれた立場にあり、かつ利害関係を通じて社員に影響力のある企業経営者は、今こそ企業を単なる営利集団との認識ではなく、最高、最強の社会人教育機関であるとの認識で企業経営に当たり、社員の企業戦士化ではなく良き社会人育てを通じて民度向上に励むべき」と主張した。また尾崎行雄記念財団発行の「世界と議会」2003年8月号への寄稿でも同様の主張をした。

 

 今日と云う日は昨日の次の日、そして今日と云う日はまた明日の前の日。戦後は61年経って終わりでない。常に過去の行動の結果として今日があり、その後に明日が来る。新卒ばかりの採用で構成される当社社員は若い。しかしいくら若くてもこのルールからは逃れられない。一般社会が忘れたままで居るとしても、当社社員だけでも良い。戦後の発展の中で忘れて来たものに気付き、自分なりに学び、日本人としてのアイデンティティを取り戻し、自分としての主張、意見、日本人としての誇りと自信を持って、明日に向かって行動しよう。明日は今日の次の日だ。 書店には今、これ等に関して有り余るほどの書籍がある。

 

(H18.8.8 記)